最初の能書き
ネット検索でひっかかるUnistellar eVscope/eQuinoxのレポート記事で紹介されている天体写真が「今ひとつパッとしない」件について、以前のブログ記事で取り上げた。
そこで見えてきたのが、セミプロ級の天体観測愛好家はこのスマート望遠鏡をあまり購入していないらしい、という点である。「手軽に星々の美しさが楽しめる」というのは、たしかにどちらかといえば「超アマチュア」向けのキャッチコピーだろう。そのせいか、パッと目立つ天体、特に超新星残骸の観測記事が多かった。前回の記事でも取り上げたのも、有名な「こぎつね座のM27」という惑星状星雲であった。素人観測家たちは「望遠鏡を覗いた瞬間にパッと美しい宇宙の光景が広がる」ことを期待している。したがって、露出時間も数分程度までしか辛抱できないようで、私もその一人だからその事情はすごく納得できる。
しかし、Unistellarのスマート望遠鏡といっても、2、3分でバラ星雲やダンベル星雲が見事な発色で浮かび上がるほどの目を見張るような性能を持っているわけではない。口径だって14センチちょっとしかないわけで、どちらかといえば「素人向け望遠鏡」の性能である。ちなみに、Vixenの最安反射望遠鏡ポルタII-R130Sfでも口径は13センチある。 www.vixen-m.co.jp
今ネットで引っかかる記事の写真があまり綺麗に見えないのは、このような事情を汲んだライターが執筆しているからなのかもしれない。つまり、素人向けの記事が多いのであろう。Unistellar望遠鏡のギリギリの性能を引き出してやろう、という記事はまだあまりみかけない。
かく申す私もeVscopeが2020年末に発売されてから数年間は、ネットでのレポート記事に掲載されている天体写真がパッとせず、(望遠鏡自体が高額なこともあって)なかなか購入意欲が湧かなかったのは事実である。そんな私が今回入手に踏み切ったのは、eQuinox2という製品が昨年(2023)発売されたからである。しかしそれは、単にeVscopeと比較して「相対的に安い」だけにもかかわらず、「安いよこれ!」と誤った判断をしてしまったからである。
しかし、いろいろやってみて、現在は「この望遠鏡は使いこなせば、なかなかの性能がある」という理解に到達した次第である。ネットに出回っている「Unistellarで観測した、品質の低い写真」のイメージをできる限り払拭すべく、性能実証観測を始めることにしたのである。
さて、これまでに彗星、超新星爆発残骸と観測してきたが、今回は遠方の銀河を観測してみた結果を報告する。
セミプロ級の天体観測愛好家のレポート記事
セミプロ級の腕前をもつ天体観測の愛好家であり、その趣味を本職にしてしまった方(以下「天リフ編集長」と書く)がeVscopeの性能を確認しているブログ記事を見つけることができた。確かにこれまで見てきた「ライター」によるお試し記事の観測写真に比べれば、格段の差がある。が、しかし、そこに掲載された写真を見ても「この望遠鏡はすごい」という感想には到達できなかった。むしろ、この方は「肉眼で望遠鏡の接眼レンズを覗いた時のように、あまり派手な画像にならないのが良い」とすら書いている。他のネット記事でも、Unistellarを観望会で利用することに興味を持つ人が多くいる一方で、本気の観測写真を撮るための望遠鏡としてはあまり興味を持っていないのでは?という印象をもった。
しかし、天体写真の品質を追求する多くの天体観測家たちは、撮影に長時間露出をかけ、画像データを細部まで編集しまくって「美しい画像」を生み出している。そして、素人の私たちは、その美しい天体画像を見て「宇宙はきれいだな」と感じるわけである。ハッブル宇宙望遠鏡の画像だって、リアルタイムにあんな映像が見えているわけではないはずで、相当な「画像処理」が施されてこそ、あれだけの美しい写真が出てくるはずである。そこで、今回は天リフ編集長のブログ記事で観測した銀河を私なりに「再観測」し、もう少し「綺麗な」画像がUnistellar望遠鏡でも撮れるのかどうかチャレンジしてみたい。
最初の2枚
まずは、NGC891(アンドロメダ座、2700万光年)とNGC253(ちょうこくしつ座、1100万光年)の2つである。前者は「真横」、後者は「斜め横」から銀河を見ているようなアングルで映るため迫力ある写真が撮れる。天リフ編集長のブログ記事で紹介している写真へのリンクはこちらである。先にも書いたが、この方の撮影はなかなか見事である。ただ、露出時間が5分未満と「ちょっと短い」感じがする。どうせなら10分を超える露出時間で撮影してみたらどうだろうか、というのが私からの提案である。ということで、やってみるとこうなった。
あまり差がない...が、さすがに露出時間が長い私の写真のほうが銀河がより明るく、そしてより大きく写っている。一方で、私の写真の方が背景の星の数が少ない。これは大気の澄み具合があまりよくないせいだろう。つまり、先のブログ記事の方が撮影したのはとても空気が綺麗な場所だったのであろう。あと5から10分だけ頑張って露出時間を伸ばしていれば、私の写真なんかよりも圧倒的な写真が撮れたはずである。残念である。
次の2枚
次の2枚は、「Stephanの五つ子」と呼ばれる3億光年も先の超遠方銀河と、超新星爆発が通常の銀河の10倍も高いと言われるNGC6946渦巻銀河(2500万光年)である。 天リフ編集長のブログ記事で紹介している写真へのリンクはこちら。この2枚に関しては、天リフ編集長のブログ記事の写真の方はとても暗い。理由は簡単で、超遠方にもかかわらず、露出時間が6分および11分と「短い」からである。また、NGC6946の方がStephanの五つ子よりも地球に圧倒的に近いのに、露出時間が逆転しているのも理解に苦しむ。せめて、反対にすべきだったのではないか?
ということで、この問題を解決した状態で私も同じ銀河をチャレンジしてみた。
さすがに、明るく写っている分だけ私の写真の方が多少はよく見えるだろう。それなりに露出時間をかけたので当然といえば当然であるが、やはり天体写真を楽しむためにはある程度の辛抱は必要だと思うのである。
ただし、左の写真(Stephanの五つ子)は小さすぎて、私の写真でも何を写しているのかよくわからないかもしれない。この天体は3億光年弱という(素人にとっては)桁外れの距離にあるから、暗く、小さく見えてしまうのは当然なのである。NASAの圧倒的な技術の助けを借りれば何を撮影したのか検証できる。写真の円の中心から少し右上にボヤけた天体があるが、それが「五つ子」である。何が写っているか理解してから、私の写真を見れば「それなりに頑張っているじゃないか」という感想を言ってもらえるかもしれない(と希望する...)。
(上の写真はNASAのハッブル宇宙望遠鏡や高性能の地上望遠鏡のデータを組み合わせて「仕上げた」NASA公開の写真)
一方、右側の写真にあるNGC6946については、だいたい同じような露出時間で撮影したにもかかわらず、(天リフ編集長の写真とは)かなり印象が異なる写真となっている。編集長は「この銀河は淡く見える」と書いているが、私の写真だとくっきり写っている。この差異の理由ははっきりしないが、この天体はケフェウス座の中でもデネブ寄りにあり、私が撮影したこの季節だと頭の真上にある感じとなる。雲の重なりが少なくなり、条件がよかったのかもしれない。
おまけ:惑星状星雲
天リフ編集長が紹介した銀河の写真は以上の4枚である。このあと、私を含む「素人」天体趣味の方々に人気の高い「惑星状星雲」の写真が紹介されている。ダンベル星雲についてはすでに比較したので省略するが、こと座のM57、そしてペルセウス座のM76の観測ができたので、どんな感じになったのがご覧いただきたい。
まずはM57から。
天リフ編集長と同じ4分の露出だが、なにかがちょっと違う感じがする。この日は湿度が高く、高層に薄い雲がかかっていたような気がするので、光が部分的に吸収されてしまったのかもしれない。ガス構造の細部が写っていない感じがするし、星に靄がかかっているような感じがするのは、そのせいではないだろうか?一方、天リフ編集長が観測した場所は晴天で条件がよかったのかもしれない。とはいえ、私の写真でも、真ん中に白色矮星が写っているような気がするので、それほどまずいというわけでもなさそうである。
距離は2600光年で、ダンベル星雲の1350光年より2倍ほど遠方にある。有名ではあるが、視直径が小さくなって観測しても小さく写るのが「素人向けではない」のかもしれない。ただ、こと座の中に位置しているのでベガを頼りに探しやすい。ダンベル星雲はイルカ座とアルビレオの間にある「こぎつね座」というマイナーな星座を探し出さねばならず、見つけにくいのは確かである。しかし、Unistellarのスマート望遠鏡なら、見つけやすいとか見つけにくいとかいう概念がないので、「みやすいものを楽しむ」ことができる。これは大きな利点だと思う。
次はM76,通称「小ダンベル星雲」である。こちらも2500光年とやや遠い(リング星雲とほぼ同じ距離)。ということで、小さめに写る天体である。天リフ編集長も「小さく淡く、難物」とコメントしている。多分、見つけにくい、という意味だと思う。形式状は「ペルセウス座」にあるとされるが、メインの星座からかなり離れた場所にある。そのため、リング星雲と違って、目印となる天体がないのである。
この天体の露出時間は「5分」である。天リフ編集長は「8分」かけている。が、なんとなく、私の写真の方がくっきりしているように見える。背景の星をみると、編集長の写真では星の像が丸くなく、なんとなく「流れている」感じがする。一番明るく大きな構成の十字光条(スパイクというらしい)をみるとダブって見える。これは焦点がずれていることを意味する。つまり、観測しているうちに望遠鏡のピントが甘くなってしまったのだが、それを放置したまま「小さく淡い」天体を観測してしまったのだ。なおのこと「ぼやっと」写ってしまうのは当然だろう。
ということで、露出時間だけでなく、ピント合わせも小まめに行って焦点があっているか確認するのも、綺麗な天体写真を撮るためには大切であるということを学ばせてもらった、ということになる。この星雲は見た目パッとしないので(素人目線です...)、10分とか20分とか露出時間をかけようとは思わないが、機会があったら再度やってみたいと思う。
もうひとつおまけ:ぎょしゃ座の散開星団M37
もうひとつだけ「おまけ」を載せておこう。観測しているうちに夜が更け、ついに冬の星座が東の空から上がってきてしまったのだ。そこでぎょしゃ座の3つの星団を一気に観測してみた。が、今回は比較のためにM37とM38だけを掲載したい。
編集長は「37秒」、私は3分。銀河系内の「近場」の散開星団はたった3分我慢するだけで、圧倒的な光量をもって光ってくれる。これなら素人さんたちも大満足なはずだし、素人の私(ただし数年前の私)だって「これはすごい望遠鏡が出た」と感心したかもしれない。
ぎょしゃ座には3つの散開星団がある。M36,M37,M38である。M37だけが星座の5角形の外側にあり、残りの2つは内部にある。ほぼ一列に並んでいて、M37, M36, M38という順番になっている(なぜだろう?)
上のM37は3つの星団中で最大かつ最遠(4500光年)である。M57リング星雲やM76小ダンベル星雲に比べて倍の距離にあるにもかかわらず、この大きさの視直径をもつということは「馬鹿でかい」星集団だからであろう。超新星爆発の残骸は恒星1個の現象であるが、M37には恒星が500個以上も含まれているのだから当然の規模である。赤い恒星が多いが、Wikipedia(英語版)によると形成時期は5.5億年から3.5億年前ということで、3つの散開星団の中では最も古い。赤い恒星は赤色巨星が大半だという。
M38を見てみると、青い星が混じり始めている。「若い」という意味であろう。Wikipedia(英語版)をみると、予想通りM37よりも若いらしい(およそ3億年前に形成)。恒星も「黄色巨星」が多いらしい。赤と青の中間ということだろうか?
M36はぐっと若い星団だという(Wikipedia)。形成されたのは2500万年前だという。オレンジ色の星もあるが、青い星も目立つ。
ということで、ぎょしゃ座の星団は、宮沢賢治風に表現すると、サファイア系とトパーズ系、そしてその中間混合系の3つの星団があるということだ。彼ならば、「星間宝石」のハンターの主人公が、この空域を探検しながら宇宙旅行をする3章構成の小説などを書き上げたかもしれない。
最後のおまけとしてM38を載せておく。