再帰型新星のT Coronae Borealisが爆発の時を迎えている(らしい)
赤色巨星と白色矮星の連星系は新星爆発(Nova)を発生させることがある。2013年8月にイルカ座で発生した新星(Nova Delphini 2013)はその典型例だ(私にとって初めての新星観測となった記念すべき天体でもある)。
新星爆発は「超新星」爆発と違い、星自体が吹き飛んで無くなってしまうような爆発ではなく、白色矮星の表面がフラッシュするタイプの爆発である。膨張した赤色巨星の外層大気に含まれる水素ガスが、白色矮星の強い重力場によって剥ぎ取られて(白色矮星の)表面に溜まり、自重で押しつぶされて核融合反応が誘起されるという仕組みのようだ。
したがって、新星爆発は原理的に繰り返し発生するはずである。しかしながら、核融合が誘起されるまでの時間は、白色矮星の重力場の強さ(つまり連星系の回転半径や回転速度)や、赤色巨星の半径や水素ガスの密度など、さまざまなパラメータによって決まるので、次の爆発がいつになるかについては計算してすぐに求まるようなものではなく、観測によって確かめる以外に(今の所は)方法がない。たとえば、Nova Delphini 2013がいつ次の新星爆発を起こすのか(今の所)誰も知らないはずである。
観測によって複数回の新星爆発が確認された天体は「再帰新星」と呼ばれる。爆発が繰り返されるのを確認したケースは、これまでに10例ほどしか知られていないそうだ(とはいえ、それが一つ見つかっただけでも「新星は周期的に現れるという推測」が立証できたわけだから、素晴らしい発見である)。アマチュア天文家でも観測できるものとなると、さらに5個程度までに減ってしまう。その爆発間隔はおおよそ100年程度であり、生きているうちに同じ人間が2度の新星爆発を同じ天体で観測する確率は非常に小さい。したがって、かつて爆発した再帰新星の周期を調べ、次にいつ爆発するか予想を立て、その日が近づいたら密に観測を続ける、というのが再帰新星の研究手法である。
かんむり座のT星(T Coronae Borealis)は、爆発周期がおよそ80年の再帰新星であることが知られているが、今年の9月が「前回の爆発から80年目」だった。そのため、世界中の天文学者およびアマチュア天文家が、アークトゥルスの脇で光るかんむり座に注目していたのであった。
予想に反して、まだT Coronae Borealisは新星爆発を起こしていない。記録を辿ると、この新星が発見されたのが1866年5月で、2回目の爆発が確認されたのが1946年2月であった。つまり、前回は79年と9ヶ月で新星爆発が繰り返されたのである。この数字をそのまま当てはめると、次の新星爆発は2025年12月となり来年の年末であるが、閏年とかいろいろ細かいところを考慮して2024年9月が「前回の爆発から80年目」であると結論されたのであろう。
しかし、まだ爆発していないのであるから、この推測はちょっと外れているわけである。とすると、来年の12月まで毎日毎日頻繁に観測していれば、新星爆発の瞬間に立ち会える可能性があるのだ!しかも、それが世界で最初であるならば、それなりの名誉を受け取ることも不可能ではないはずだ。
「毎日同じ天体を観測する」という困難
地球は回転している。それは自転と公転の2種類の回転の組み合わせである(オイラーの歳差運動やチャンドラー揺動など複雑な周期運動も含まれているが)。したがって、地球上で天体観測を行う場合、空に輝く星が「同じ天体」か確認するのはなかなか厄介である。時間によってその位置が変わるし、季節によっても位置が変わる。したがって、同じ天体を日々見つけ出すのは実は意外に困難な作業なのである。
天文学者は大きなドームの中に望遠鏡を恒久的に設置し、設置位置がずれないようにしている。つまり「やりっぱなし」にするわけである。こうすることで望遠鏡の向きや角度が固定され、同じ天体を毎日観測するのは格段に易しくなる。つまり、毎回の観測において、地球の自転軸に対してどれだけ自分の望遠鏡が傾いており、どれだけ修正をかければよいか、などといった細かい調整のことは気にしなくてよくなる。地球の自転軸と望遠鏡の赤道儀の軸は一度合わせたら、そのまま合わせっぱなしにしてあるからである。次の日の観測も前の晩の続きから始めることができる。
しかし、天文台に設置されているような観測ドームを個人が持てるかというと、ごく少数の裕福な人以外はほぼ不可能であろう。したがって、普通のアマチュア天文家は、観測の度に望遠鏡の位置を合わせ機器の調整を行う必要がある。この「カリブレーション」という作業は意外に面倒な作業であり、実際の天体観測を始める前に(下手すると)1時間近くも調整だけに時間を取られてしまうこともある。その主な作業とは、まず北極星を見つけ、望遠鏡の赤道儀の軸を北極星へと向けることである。この「極軸合わせ」の精度が天体観測の良し悪しを決定するので手は抜けないのである。観測したい気持ちを抑え、極軸合わせを丁寧にやらなばならない。しかし、この作業は精神的にも肉体的にも疲労の原因となっており、毎日毎日調整作業をやる強い精神力を持つ人はそう多くは存在しないのである。観測ドームを持たない一般人にとって、「毎日同じ天体を観測し続ける」というのはとても難しいことなのである。
Unistellarの自動化望遠鏡という解決策
数年前に、画期的な望遠鏡がフランスの若い科学者たち(たぶん理論物理学者)によって発明された。彼らはその後アカデミアを去って、この望遠鏡でビジネスを始めた。Unistellarという会社である。クラウドファンディングなどを利用しながら資金を調達し、最初の製品eVscopeという望遠鏡を販売し始めた。eVscopeは、従来、手作業で行なっていた極軸合わせを自動化してしまった。これは画期的な機能である。
まず、この望遠鏡は夜空の適当な領域を観測し、星の分布パターンを読み取る。これを内蔵している星図データと照合し、望遠鏡がどの方角を向いているか計算して割り出す。次に、この情報を使って極軸の方角を割り出し、その結果に基づいて望遠鏡を回転させ地球の自転の効果を相殺させる。こうして、ファインダーには常に同じ天体が映り続けることになる。また、観測ターゲットとなる天体の方向へ、望遠鏡を(リモートで)向かせることが可能となった。操作にはiOSのデバイス、たとえばiPhoneやiPadを利用する。つまり、この望遠鏡はコンピュータを内蔵した「ロボット望遠鏡」あるいは今風に言えば「AI搭載望遠鏡」のようなものなのである。
最初のモデルeVscopeは60万円を超えていたので到底私の手には届かなかった。しかし、2年ほど前に新しいモデルeQuinox2が発売された。これは望遠鏡の接眼レンズを省き、観測と操作のすべてをiPhone/iPadに押しつける形でコストカットしたモデルである。値段はほぼ半額となり、ようやく私にもチャンスが巡ってきたのである(それでもまだかなり高価だが)。
良心的なレフェリーに当たるよう研究予算の申請書を書くときに色々と苦心したが、その甲斐あってeQuinox2の購入は承認された(しぶしぶ..だと思う)。 そして、この夏の記録的な猛暑が始まる数日前、ついにeQuinox2が我が手元に配達されてきた。
しかし、梅雨明けしても豪雨や台風が続き、今年の夜空は観測に不適であった。そうして何時の間にか夏が終わり、秋のようで秋とは思えない、最近の天気が訪れたのであった。やっとeQuinox2の出番である。
しかし、この望遠鏡のマニュアルは(翻訳がちょっと変であると同時に)内容が乏しく、不親切な内容であった。英語版はそこそこまともだが、初心者が系統的に技術を学ぶ書き方にはなっておらず、もやもやした感じがなかなか抜けない。ネットを検索して他の観測者たちがどんな風に使っているのか調べながら、観測を実践していくことになった。もちろん説明書きを読まなくても先に行けるところはどんどん先にいくことにした。しかし、これだけの素晴らしい望遠鏡である。早く観測したい気持ちを抑えるのは大変である。そこで、最短の時間と労力でeQuinox2を使えるように、私なりのメモを書いてみることにした。
ちなみに、苦労してようやく使えるようにしたeQuinox2で今晩撮影したオリオン大星雲(M42)はこんな感じとなった。
これから書くのは、ここに至るまでの道のりの記録である....。(つづく)